美術館について

館長あいさつ

山と木

 

松本市美術館館長 小川稔

 

山に入るのは自分の夢のなかに入ることだ

どこへ行くのか分からない道が続いていて

木洩日が落ちたり渓川が囁いていたりしている

そうして雨のなかを遠ざかる旅人の姿だけが

いつでも間違いなく私なのだ

辻井喬「山笑う」より

 

不思議な絵本を見ました。急峻な山道にしがみついて登っていく豆粒のような旅人たち。大蛇のようにのたうつ岩石。ところが次の頁を繰って明らかとなるのですが旅人がいるのは実は山ではなく伐り倒された巨大な櫟の木の上だったというのです。日本国の原始の神話を紹介する幕末の絵入り本『大日本開闢由来記』(平野元良作・歌川国芳画)ではこんな風に巨木を山岳に見立てていました。

大樹が倒されるイメージは今年諏訪大社で催された神事「御柱祭」も連想させます。選ばれた神木が伐り倒され、懸崖から落され里に運ばれ社の境内で立て直されるまでの神事には太古から繰返されてきた人と自然の営為が凝縮されているようでした。

衛星写真で日本の国土の半ばは豊かな森林に覆われているように見えますが、実は手つかずの原生林は少なく、大方が人による植林、手入れにより維持されているのだといわれます。

先の絵本の寓意も意外なものです。天を覆う大樹が日光を遮り、広がる影が農作物の生育の妨げや疫病等災禍をおこすというのです。人の生活の安全や村の繁栄のために巨木は伐採されるべきとの物語は現代人に意外な感を抱かせるでしょう。

戦後、各地の並木として植えられたソメイヨシノが樹齢70年をこえ、倒木の危険から伐採されなければならないという話題を耳にします。品種改良されたこの種の桜の寿命は意外にも人のそれに近いようですが、こうした措置に、長年花を楽しんだ住民から抗議の声が上がるのも当然のことでしょう。木が伐られることの傷みを想像し、老木の声を聴くことができる感受性こそ日本人のものです。ただし、植樹と伐採の的確なサイクルで人と自然の間の環境を保ってきた祖先の知恵も同時に誇るべきものです。

「破壊と創造」といえば大げさでしょうけれど、人の原始の自然に対する関係が命がけで切り結ぶ厳粛なものでもあったことを今年の御柱祭が教えてくれたようでした。神木、霊木に籠る生命をいただくことへの返礼にその霊を鎮めることを忘れてはならないという教えでしょうか。

樹木と人をつなぐサイクルとして、伐り倒された樹木から人はゆたかな木工の技術を学ぶことができました。材木は仏堂、社の建築、仏像ばかりでなく車輪や樽、椀など生活什器へ形を変えて別の命をたどりました。

城下町松本の地はこうした幾種ものテクネーが受け継がれ、近代の柳宗悦らの民藝運動への共感にもつながり、多くの工人たちを育んできたことで知られています。まちをあげての「工芸の五月」はその結実で、今年、松本市美術館では当地と深い縁でつながる英国の陶芸家バーナード・リーチ展を開催いたしました。

また、今夏、山の日制定を記念し、山がとりもつ近代風景画史を概観する展覧会、秋には木に潜む霊的力を現代に甦らせる木彫作家飯沼英樹の展覧会を開催いたします。山と樹木のゆたかな環境の中にある松本市美術館ならではの企画にどうぞご期待ください。