美術館について

館長あいさつ

「はぎれ」の力

小川館長写真
松本市美術館館長 小川稔

年度初のごあいさつを申し上げるにあたり、全世界的に猛威をふるう感染症予防のために現在(2020年4月)当館で閉館が続いていることをお詫び申し上げなければなりません。芸術鑑賞という日常生活に大変重要な役割を果たす美術館本来の機能が回復できますよう職員、スタッフ一同努力いたします。もうしばらくご理解ご協力をお願いいたします。

残念ながら途中で中止となりました前年度のデュフィ展ですが、画家デュフィのテキスタイルデザイナーとしての一面を紹介させていただきました。今年度「柚木沙弥郎のいま」展でも引続き、布による染色作品を中心にご覧いただくことになります(開催時期については改めてお知らせします)。染色家柚木ゆのき沙弥郎さみろうは97歳の高齢ながら昨今、国内外での意欲的な活動で注目を集めています。松本は戦前から柳宗悦むねよしの民藝運動の一端を担った土地で多くの工芸家との関わりをもちましたが青年期を旧制松本高校で過ごした柚木もこの地と縁が深く、市内には縁の作品が多く見られます。柚木は伝統工芸としての染織と一線を画し、絵本や水墨画まで幅広く手掛ける活動でモダニズムへの傾倒が知られますが、ひとつのアイデアから融通無礙に展開できる工芸本来の自由さを教えてくれます。

それにつけても思うのは布の力です。わが国の工芸史で染織作品の重要性はいうまでもありませんが、その一面、日常の衣装として消耗し多くは失われました。およそ断片となった絵画や彫刻に価値があるでしょうか?わが国では例外が二つだけあります。ひとつは平安時代の仮名書や写経の断片「古筆切こひつぎれ」でもうひとつが布のきれでした。先人たちは貴重な衣装の断片を保存し後世に残したのです。「きれ」は一見価値のない小さなものですが美術館、博物館に所蔵される「名物裂めいぶつぎれ」、「古筆切」を見れば先人たちが小片に宿る真実にいかに深い関心をもち愛してきたかを知ることができます。

高価な布でなくとも先祖たちは着古した衣装の端切れを継ぎ接いで夜着としたり裂織さきおりで再生させたり、最後は雑巾、赤児の襁褓むつきにまで織物の命を永らえさせる知恵をもっていたではありませんか。そして今、多くの器用な人々がマスクを手作りしていることも忘れずに付記しておきます。

分断を余儀なくされて切れ切れになった小さなものに「つなぐ」力が宿っていること、将来大きなものに再生する力があることを信じてこの特別な年を過ごしたいと思います。

松本市美術館館長 小川稔